東京高等裁判所 平成2年(ネ)766号 判決 1990年7月31日
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人甲野一郎は、被控訴人河守三代に対し金一二九六万四一〇四円、同河守孝始、同河守章好及び同河守清子に対し各金四六六万七〇六一円、同河守トモヱに対し金九五万円並びに右各金員に対する昭和六二年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 控訴人日動火災海上保険株式会社は、本判決中被控訴人らの控訴人甲野一郎に対する請求に係る部分が確定したときは、被控訴人河守三代に対し金一二九六万四一〇四円、同河守孝始、同河守章好及び同河守清子に対し各金四六六万七〇六一円、同河守トモヱに対し金九五万円並びに右各金員に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
3 被控訴人らのその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その二を被控訴人らの、その余を控訴人らの各負担とする。
事実
(申立)
控訴人ら代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
(主張)
次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決四枚目表六行目の「一一五〇」の次に「番地先」を加え、同行の「被告甲野」を「控訴人甲野一郎(以下「控訴人甲野」という。)」と、八行目の「オートバイ」を「自動二輪車(以下「加害車両」という。)」とそれぞれ改め、八行目から九行目にかけての「訴外亡河守二夫」の次に「(以下「二夫」という。)」を加える。
二 同四枚目裏二行目の「被告日動火災海上保険」を「控訴人日動火災海上保険株式会社(以下「控訴人日動火災海上保険」という。)」と、四行目の「締結」から七行目の末尾までを「締結し、控訴人甲野は、被控訴人らに対して後記のとおりの損害賠償債務を負担しているところ、無資力である。」とそれぞれ改め、同五枚目表八行目を削り、同裏三行目の「原告三代」を「被控訴人河守三代(以下「被控訴人三代」という。)」と、「同孝始」を「被控訴人河守孝始(以下「被控訴人孝始」という。)」と、「同章好」を「被控訴人河守章好(以下「被控訴人章好」という。)」と、三行目から四行目にかけての「同清子」を「被控訴人河守清子(以下「被控訴人清子」という。)」と、一〇行目の「原告トモヱ」を「被控訴人河守トモヱ(以下「被控訴人トモヱ」という。)」と、同六枚目裏一行目の「認めるが」を「認め、被控訴人らの身分関係は不知」とそれぞれ改め、同表五行目の「判決」の次に「(控訴人日動火災海上保険に対しては控訴人甲野に代位して)」を加える。
(証拠関係)<省略>
理由
一 事故の発生
昭和六二年一〇月一〇日午後八時四〇分ころ、島田市岸町一一五〇番地先の国道一号線において、控訴人甲野運転の加害車両が二夫をはね飛ばし、同人が頭蓋骨開放骨折のため死亡したことは、当事者間に争いがなく、右事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。
1 本件事故現場は、幹線道路である国道一号線の上り車線上であり、車道幅員七メートル、歩道幅員三・二メートルのアスファルト舗装道路で、車両の交通量は多く、最高速度毎時五〇キロメートルの制限がある。本件事故現場付近は、直線で前方の見通しはよいが、夜間の照明は暗い。当時、歩道上の縁石を挟んで、車道上に縁石から約〇・六メートルはみ出して鉄製の工事用馬(高さ一メートル、幅〇・四メートル、長さ五メートル)が、歩道上にも木製の工事用馬((高さ〇・六メートル、幅〇・四メートル、長さ一・〇五メートル)がそれぞれ置かれていた。
2 控訴人甲野は、ヘルメットを着用し、頭を下げた姿勢で加害車両を時速約一〇〇キロメートルの高速で運転して本件事故現場に至ったが、進路前方に佇立している二夫の発見が遅れ、回避措置を講ずる間もなく自車左前面部分及び着用のヘルメットを二夫に衝突させ、同人をはね飛ばして死亡に至らしめた。
3 二夫は、当日公民館で開催された浅間神社の秋祭りの慰労会に出席して飲酒し、本件事故現場のそばの自宅に一旦帰ったものの、自宅側の道路沿いにある近所の飲食店で再度友人と飲酒するために出かけ、本件事故に遭遇した。
4 本件事故の痕跡として、二夫が転倒していた地点から、<1>一五・三メートル手前に控訴人甲野が着用していたヘルメットのシールド取付け部分の破片(その位置は車道外側線から〇・九メートル車道に入った地点、以下同様に単に距離のみを表示する。)、<2>九・四メートル手前に二夫が所持していた財布(二・四メートル)、<3>手前六・六メートルに始まる金属様の物体による長さ〇・二メートル及び〇・九メートルの擦過痕二条(二・四メートル及び一・六メートル)、<4>その附近車道上に霧状の血痕及び無数に散乱した細かい脳しょう、骨片(その中心点が約一・二メートル)が、歩道上にも骨片様のもの、脳しょう様のものが残されており、二夫は外側線から車道に約一メートル入った地点に転倒していた。
右事実及び本件事故の状況を総合すると、衝突地点は、車道外側線から約一メートル車道に入ったところであると推認できる。
二 責任原因及び債権者代位権の行使
控訴人甲野が事故車両の運行供用者であること及び控訴人両名間に被控訴人ら主張どおりの自動車保険契約が締結されていることは、当事者間に争いがなく、前掲<証拠>によると、控訴人甲野は無資力であることが認められる。
そうすると、控訴人甲野は、自賠法三条により被控訴人らに対し本件事故による損害を賠償すべき義務があり、したがって、控訴人日動火災海上保険は、控訴人甲野が被控訴人らに負担すべき本件事故による損害賠償額が確定したときに右損害金を支払うべき義務がある。
三 損害額
1 二夫に生じた損害
(一) 逸失利益 三三五六万九三五〇円
(1) <証拠>及び右供述によると、二夫は、本件事故当時満五四歳で、妻である被控訴人三代と共に織物業を営み、昭和五九年から昭和六一年までの間年平均一〇一七万二八七一円の収入を得ていたことが認められるところ、右各証拠に照らすと、右営業による純益は右収入の六割を下らないものと認めるのが相当であり、同被控訴人の寄与分として右金額から二割を控除し、二夫の年収を算出すると、四八八万二九七八円(円未満四捨五入)となる。
そうすると、二夫の生活費として右収益から三割を控除し、就労可能年数を一三年として、新ホフマン方式(係数九・八二一一)により中間利息を控除して事故発生時の現価を求めると三三五六万九三五〇円となる。
(2) ところで、被控訴人らは、国民年金(老齢年金)支給額を逸失利益と主張するので検討する。
老齢年金は、老齢者の生活の保障を目的として支給されるものであるから、その受給権は受給者の一身専属権というべきであるが、また受給者が六五歳の支給年齢に達した場合には、支給要件を満たす限り確実に支給されるものである。逸失利益は、当該本人が生存するものと仮定して、その将来取得しうる蓋然性の高い利益につき、これを取得することを前提として算出するものであり、老齢年金は、それが取得されたのちは単なる金銭的利益であって、一身専属性は払拭されるから、右利益を喪失したことによる損害賠償債権についても相続性を肯定することができる。また、逸失利益は、前示のように当該本人が死亡していないことを仮定するものであるから、受給者の死亡が老齢年金の支給の消滅事由とされていることは、死亡のためこれを受給できなくなったことによる不利益を逸失利益とする妨げにはならない。そうすると、老齢年金の受給は一応逸失利益としての評価の対象とすることができるというべきである。しかしながら、<証拠>によれば、老齢年金額は一か月当たり五万二二〇八円であり、前示の二夫の生活費(一二万二〇七四円となる。)に及ばないことが明らかであるから、二夫が六七歳に達し営業収益を挙げられなくなったのちの老齢年金は、損害額の積算上考慮すべき逸失利益には当たらないというほかはない。そして、老齢年金の支給が開始される六五歳から六七歳までについては、前示の同人の営業収益と併存するから、その生活費に老齢年金の金額が充てられるものではないが、右二年間の老齢年金は、二夫の死亡の結果これに代って被控訴人三代が支給を受ける寡婦年金を控除すると、三一万三二五〇円となり、更に老齢年金受給の条件として受給開始までに右金額をこえる保険料(<証拠>によれば五四万二四〇〇円となる。)を納付することを要するから、結局老齢年金の受給に関しては逸失利益は存しないこととなる。したがって、右主張は理由がない。
(二) 慰謝料 二〇〇〇万円
二夫の死亡による慰謝料は、同人の年齢、家族関係、本件事故の態様及び諸般の事情に鑑み二〇〇〇万円が相当である。
2 相続
前示のとおり被控訴人三代は二夫の妻であり、<証拠>によると、被控訴人孝始、同章好、同清子は二夫の子であることが認められるので、右二夫の損害賠償債権を被控訴人三代が二分の一、他の右被控訴人らが各六分の一ずつを相続により取得した。
3 過失相殺及び既払分の控除
前記事実によると、本件事故発生につき二夫にも過失があったというべきであるから、損害額の算定につき斟酌すべきところ、本件事故の態様、特に控訴人甲野が幹線道路とはいえ時速約一〇〇キロメートルの高速でしかも前方注視を怠って走行し、車道に約一メートル入って佇立していた二夫を死亡するに至らせたこと及び諸般の事情に鑑み、両者の過失の割合は、控訴人甲野が八五パーセント、二夫が一五パーセントとするのが相当である。したがって、右損害額から一五パーセントを控除することにし、また、自賠責保険金二五〇〇万円及び任意保険金三万一五八〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがないから、これらを右損害額から控除すると、残額は、二〇五〇万二三六八円となり、被控訴人三代が一〇二五万一一八四円を、同孝始、同章好、同清子が三四一万七〇六一円ずつをそれぞれ相続により取得した。
4 被控訴人らに生じた損害
(一) (被控訴人三代) 葬儀費用等
<証拠>によると、同被控訴人は葬儀を執り行い、また死亡診断書料等として合計一万五二〇〇円を支出したことが認められるところ、前示二夫の過失等を考慮し、葬儀費用については八五万円を、死亡診断書料等については一万二九二〇円をもって本件事故による損害と認める。
(二) 慰謝料
<証拠>によると、被控訴人トモヱは二夫の母であることが認められ、他の被控訴人らと二夫との身分関係は前示のとおりであるから、被控訴人らは、二夫の死亡により精神的苦痛を被ったというべきところ、それを慰謝するのに相当な額は、前示二夫の過失その他の諸事情を考慮すると、いずれも八五万円が相当である。
5 弁護士費用
弁論の全趣旨によると、被控訴人らは、本件訴訟代理人らに訴えの提起及び追行を依頼し、その費用を負担したことが認められるところ、事件の難易、認容額等に鑑み、被控訴人三代について一〇〇万円、同孝始、同章好、同清子について各四〇万円、同トモヱについて一〇万円を本件事故による損害と認める。
四 以上の次第であるから、被控訴人らの各請求は、控訴人らに対し、被控訴人三代において金一二九六万四一〇四円、同孝始、同章好、同清子において各金四六六万七〇六一円、同トモヱにおいて金九五万円及び控訴人甲野に対し右各金員に対する本件事故発生の日である昭和六二年一〇月一〇日から、同日動火災海上保険に対し右各金員に対する本判決確定の日の翌日から各支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は棄却すべきである。よって、原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 丹野達 裁判官 加茂紀久男 裁判官 新城雅夫)